障害は個性なのか?

『障害は個性』

よく聞く言葉ですが、『障害者の個性』って何なのかな?と考えてみました。

テレビではしばしば画や彫刻、音楽や数の暗記など優れていたり、おっとりした性格で周りを和ませたりする人徳のある障害者が紹介されています。多くの人はこういったことを指して『個性』といっているのだと思います。

ただ、何かに優れた才能を示す障害者はごくわずかで、ほとんどの障害者は平凡なのです。

たとえば私。芸術的なセンスはまるで無し。取り立てて賢くもなく、性格も暗い。常に善良でありたいと心がけているもののどこまで実現できているのかアヤシイものです。こんな私の個性はいったいどこに埋もれているのでしょうか。


いろいろなご意見があると思いますが、私は障害は単に障害に過ぎず、個性とは別物だと思います。

障害がある事によって独自の物の見方や人となりが練られて、独特の個性が生まれることは十分あると思いますが、障害それ自体は個性でも何でもないと思います。

私は障害者運動の変遷に詳しいわけではないし、自分以外の障害者の暮らしぶりを知っているわけでもありませんが、『障害は個性』と言うことによって障害者自身が自分に自信を与えたり、今とは比べものにならないような差別と闘うために言った言葉だと思います。

「障害は個性のようなもの。特別視しないで欲しい。障害を理由に差別しないで欲しい」という願いが込められた言葉だと思います。


この言葉に込められた感情を抜きにして単に『障害は個性』と言ってしまうと、障害自体が個性の範疇に入ってしまい、現在を生きる障害者が置かれている困難な状況が全て個人の責任にされてしまう危険があります。

たとえば私は車いすで一人では段差越えもできませんが、それを『個性』と言われてしまうとチョッと不愉快です。毎日関節が痛いです。時にはお箸も持てないほど。これも『個性』と言われるとかなりムカつきます。


言葉の雰囲気の心地よさにつられて『障害は個性』を求めすぎると障害者をかえって追い詰めるのではないかと思います。特に個性なんか無くても今日ここに生きていてもイイのだ。と皆が思えるような社会が私の理想です。ひゃっほぅ

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